Drift
driftとは、組織の振る舞いを整合から引き離していく力のことです。
これはどういう意味か
driftは、不祥事でも危機でも、リーダーシップへの判決でもありません。そうした出来事のあいだで静かに働いている引力のようなものであり、組織が大事にしていると言うことや意図していることから少しずつ離れていく、小さな動きの積み重なりです。
なぜ重要なのか
- driftは常に存在する
- その作用の強さは条件によって増減する
- それを道徳的な失敗として扱うと、診断が非難に置き換わる
Driftは欠陥ではなく、ひとつの力である
driftは重力のようなものだと考えてください。自分で選んでそうなるわけではありません。その中で働くことになります。driftは常に存在し、作用の強さは条件次第で変わり、そこにあってほしいかどうかとは無関係です。
driftを失敗として扱うと、反応はたいてい非難か再編になります。けれど、力として扱えば、反応は診断と設計に変わります。
Driftとその症状は別物
driftは、目に見える振る舞いそのものでも、それを示した人その人でも、その条件を生んだ根本原因そのものでもありません。どれも重要です。ただし、力そのものではありません。
この区別をはっきり保っておくと、診断はずっとクリアになります。
Driftはチャネルを通って現れる
driftは、次のようなチャネルを通って見える形になります。
- 戦略
- 文化
- オペレーション
- 関係性
チャネルとは、その力が通る経路のことです。振る舞いそのものではありません。
Driftは常態化する
driftが十分にゆっくり、そして十分に長く働くと、人はそれを見えなくしてしまいます。価値観に反する振る舞いが、「ここではそういうものだから」で済まされるようになります。
それがdrift consensusです。不整合を集団で正当化している状態であり、まだそのギャップを感じ取れる人から組織が離れていき始めるタイミングでもあります。
Driftはなくせない
driftはなくすものではなく、扱うものです。条件は変わり続けます。改善できるのは、組織がdriftにどれだけ速く気づき、それを言葉にし、ギャップが積み上がる前に整合へ戻っていけるかです。